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coffee break:折り畳みテーブル Bloom

−初めての特許出願奮闘記と特許の概要 -

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※このページは私の個人的体験(エピソード)の披露を目的としたもので 副次的に主に建築関係者向けに特許の概要について説明したものです。 特許に関する情報の正確さには万全を期したものの、誤りがないことを保証するものではありません。


PRELUDE

ある日の昼休み。通常だと私は喫茶店でコーヒーを飲みながら本を読むのだが、その日は前日の睡眠不足で頭が痛かった。
かといって寝ているのももったいないので、比較的頭を使わないスケッチ(落書き)をしていた。そのときはユリの花が開く様子を描いていた。

するとフト、「ん?これをこうすれば折り畳みテーブルになるんじゃないか?」 と思いついた!

頭の中は大爆発。感情はmaxに! これは大発明だ!(。。と、自分では思った。)

2-3週間の機構検証の後、大胆にも特許出願することにした。




テーブル写真は前頁参照


先行調査

特許に出すと言っても全く初めて。まずは本やインターネットでしばらく情報収集、概要の把握をした。


特許に出願するには、それが「今現在、この世にない」 または「いまだかつて誰も特許出願したことがない」必要がある。
つまり鉛筆を特許に出しても、もう既に世にあるから不可能なのだ。

あるいは世になくても「アイデアだけは特許出願してある」というケースもある。

なので、これまでに誰かが似たようなものを特許出願したことがないかを調べる必要がある。 これを「特許先行調査」と言う。

しかしこれが第一関門。 大抵のものはこの世の誰かが考えているのである。

ネットで調べるとある団体が「無料特許相談」というのを行っているとのこと。
早速行ってみて先行調査をしてもらうことにした。

一週間後、結果が。。。なんと「該当ナシ」! ものすごく驚いた!
幸運にも最初の関門をクリアした。
いよいよ大胆にも特許出願することにした。


特許出願書類

特許出願するには特殊な書類=特許出願書を書く必要がある。

これは非常に専門的な書類なので、ネットで探した特許事務所に依頼した。 この時の依頼料は約30万円だった。
なおこの特許書類を書く、特許全般の専門家を弁理士という。

この書類には自分の発明を文章で説明するのだが、これが大変である。
一文一句の記述で自分の特許範囲が変るため、まさに目を皿にして文章を練る。

たとえば「黒い鉛筆」と書くと「では赤い鉛筆は特許侵害じゃないですね」となる 。
また「丸い断面の鉛筆」と書けば「じゃあ六角形は?」となる。
ムダな修飾語を入れると、それが自分の特許範囲の制限になってしまうのだ。

特許範囲は利益に直結するし、類似品の出現を許さないよう、なるべく広くしたい。
よって、このような不都合が生じないかを必死になって検討する。
例えば上の例だと、丸も六角形も包括する言葉:例えば「多角形断面」などという言葉を一生懸命選ぶ。 ある意味「頭脳ゲーム」だ。

あるいは「鉛筆」でなく「筆記用具」という上位概念で書けば「ボールペン」も包括できる。 この「上位概念」で考えることが重要であった。
当時私は「上位概念」という言葉がアタマにこびりついてしまった。

またこの書類は役所言葉のように表現が独特で、 日本語なのにひと目みてもシロウトには何のことだかさっぱりである。

それでも自分の特許のためと、がんばって書類と何日もにらめっこ。
もうこれくらいでいいだろうと言うところまで見ていざ出願をした。

しかしこれはまだ単に特許庁に書類を出した「だけ」の状態であった。




出願書類につけた説明図。通常は特許事務所が書くが、私自身が書くことで依頼費を抑えてもらった。


特許審査請求

「特許」というのは、発明者に独占的使用権を与えるものである。
しかし社会全体にとっては、特定の人よりも、不特定多数がその技術を所有したほうが早く世に広まり利益の恩恵に浴する。
また競争原理により、より良いものに洗練されていく。

このことから特許を収得しようとするにはいくつもの関門が設けてある。

まず最初の関門は1年半の「待ち」である。

特許は出願書類を提出して、1年半たたないと、特許庁の審査を受けられない。
要はこの時間を設けることで、「本当に特許にしますか?」と再考を促すわけである。
実際私はこの期間に頭を冷やし、特許収得をあきらめた。

それでも1年半経って、やっぱり特許にしたい、と言う場合のみ、「特許審査請求」を行う。
審査請求の申込みをすると初めて、特許庁の審査官が建築の確認申請と同様に、その特許に関する審査、質疑応答を行う。

この審査には30万円程度の審査費がかかる。
高額な費用によって、ここでも「本当に特許にしますか?」と再考させるのだ。

上記審査を行い、本当に類似の特許がなければ、晴れて「特許収得」となる。

また、上記の1年半がたつと、審査請求をするか否かに関わらずその書類は公開され、特許庁のサイトなどで自由に見ることができる。これより「特許公開」ともいう。

特許公開まではその特許情報は特許庁で寝ていて他者には分からないことから、俗に「トンネルに入っている」というそうだ。


売り込み:商品化を夢見て

何のために特許を取るのか。それはもちろんそれによって何かしらのお金を得たいという下心である。

特許出願書類を提出した段階でそのアイデアは自分の著作権が法的に保護されるので他人に見せることができる。
その前だと保護されず、もしメーカーなどに見せてアイデアを横取りされても全く文句を言えない。

「こちらがアイデアを持ち込んだのに」と情に訴えたとしてもオトナの世界では無力。
「法的に何か問題ありますか?」と言われれば返す言葉はない。
「頼みもしないのに、いいアイデアをタダでありがとう」と言われるのがオチだ。
よってメーカーに売り込む前にまず特許出願を済ます必要があるのだ。

特許出願を済ませるとさっそく、「自分のテーブルの商品化」を夢見て売り込みを開始した。

まずは運よく特許事務所の弁理士氏のつてを頼って某有名家具メーカーの担当者と面会する機会を得た。
面会してくれたのは家具担当の頭がキレそうなデザイナー氏であった。

こちらはしょせん素人。場違いな思いを抱きながらも説明させていただいた。
しかし結果はケンもホロロ。あっけなく断られた。
氏の説明では「機構が複雑すぎる。シンプルイズベストだ。」とのことであった。

冷静に考えれば全くその通りであった。
私の案は折りたたみのヒンジがいくつもあり、 それはつまりそれだけ故障の可能性があるということだ。

丸テーブルには中央で二つに折るものがあるが、「これで事足りる」とのことだった。

また別のある日、東京ビッグサイトの「家具見本市」に行ってみたらユニークな折り畳みテーブルを展示しているスウェーデンのメーカーがあった。
ここなら話が通じるかもと思い、さっそくそのメーカーの本社にメール。
すると「写真を見せてくれ」と来た。
しかし問題が。海外特許は出していないからだ。

私が出したのは当然「日本国」の特許なので、外国には効力はない。
いま見せると前述のとおりアイデアを横取りされる恐れがある。

もしこの海外特許を出すなら高額の費用がかかる。
しかしそんな費用はない。

残念だが「海外特許にまだ出していないから見せられない」とメールした。

また他の国内メーカーにも数社、企画書として案を郵送したが、ノーリアクションか、丁寧な文言で断られるだけであった。

この辺で、自分のアイデアの「客観的価値」に気づくこととなった。

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特許を取っても

ちなみに運よく特許を取ったとしても、特許料というのが毎年かかり、これがまた毎年30万円くらいかかる。

こちらも先ほどの「関門」のひとつで、「毎年お金がかかるのだから早くこの特許は手放しなさい」と言うことである。
特許料支払いをやめればすぐさま権利は切れる。

なお特許を取って20年経つとその権利は終了、消滅し、晴れて世の共有財産となる。発明者に文句を言われることなく自由にそのアイデアを使うことができる。

構造家:川口衛氏のドーム構築法:「パンタドーム工法」は世に出てすでに20年は経っているので特許権は切れていると思われる。

ピーターライスのガラス支持工法「DPG工法」は、パリに処女作が完成してからは20年経っているが日本国内向け商品の特許はまだ15年くらいか。



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特許は諸刃の剣 / 防衛特許 / 早いもの勝ち

ちなみに特許に出すのは「諸刃の剣」だとのことである。

特許に出せば、その仕組みは全て特許書類に克明に書いてある。
つまりノウハウが完全に世間にさらされてしまうのだ。
もちろん特許だからライバルがそれを使うことはできないが、貴重な情報源である。

かといって出願しなければ、もしライバルが全く同じものを特許に出せば、今度は自分がそれを使えなくなる。
よって特許に出すか否かを十分検討しなければならない。

上記のパンタドーム工法のように、仕組みが「見れば分かる」ようなものは特許で守るのが良い。
工場内で秘密裡に行うようなものはそうしなくてもよい。

世界で数人しかそのレシピを知らないと言われる「コカコーラの原液」は、当然特許にはなっていないだろう。

マイケルジャクソンは、「スムースクリミナル」で披露した「斜め立ち」を、誰にもやらせたくなかったので 特許にした
そして特許が切れて(2012)他人がやるのを見ずに旅立ってしまった。


上記のようなことから大企業はよく「防衛特許」というのを行うそうである。
これは特許出願は行うが審査請求は行わず、ほったらかしにするものである。

このようにしておけば、ライバルが特許を取って自分が使えないという、最悪の結果だけはとりあえず避けられる。

このような防衛特許の割合は、具体値は存じないがかなり多いそうだ。

特許庁にとってはムダな仕事が増えてアタマが痛いが、 特許事務所にとっては書類を出したら終わりだから、比較的楽な仕事だろう。
確認申請は通したが施主都合でunbuilt、みたいなものだ。

ちなみにもし、二者がほぼ同時に全く同じ発明をした場合、日本その他多くの国では先に特許出願をしたほうが「勝ち」である。
よってもしあなたが大発明をしたならば、一刻も早く出願をしなければならない。

しかしアメリカでは発明した日が先のほうが勝ちである。
よってアメリカで発明をしたら、何らかの形でその日付を証明できる記録を取っておく必要がある。

特許のタイトルは
「反重力イリュージョンの方法」
靴のかかとにくさび形の穴があり、それを床から飛び出てきた釘にはめこむ。



たまたま誰かの特許と「かぶった」ら / 特許料は言い値

あなたがある日、素晴らしい建築アイデア、例えばサッシ納まりを考えつき、自作の住宅で実現したとする。
いいアイデアでよかったよかった、と喜び、自慢気に雑誌に発表。
するとある日、とあるサッシメーカーからお手紙が。

「貴殿のサッシ納まりは弊社が特許を取っており、これは特許侵害です。 よって該当サッシを取り壊すか、特許使用料○○万円をお支払い下さい」と強気な文章。

あなたにとって、これはまさに「寝耳に水」。なななんだ!?と驚く。
こっちはそのメーカーとケンカする気はさらさらないし、たまたまアイデアが「かぶった」だけじゃないか。と思うだろう。

ごもっとも。そう思うのが普通である。

ところが特許というのは「特許法」という法律。オトナの世界ではそんな言い分は通らない。
特許法が特許侵害を禁止しているワケではないが、「独占的使用権」を与えている以上、 彼らはコレを盾に裁判を起こしてくる。

アナタの納得できない気持ちは痛いほど分かる。しかしここはその特許料を払うしかない。 しかも特許料なんて「言い値」だからいくらフッかけられるか分からない。

あるいは自分のディテールがそのメーカーの特許範囲外なのを証明するか。 しかしメーカーがそんな強気な手紙を送ってくる以上、彼らはその逃げ道がないことを検証済みなはず。勝ち目は薄い。

そんなこと言ったら怖くて設計なんてできないよ、と思うかも知れない。しかしそれならその アイデアが既存の特許に抵触しないか、あらかじめ「先行調査」するしかない。日本じゅうの特許を?そのとおり。

大企業には、このような事態に陥らないために「特許部」というのがあり予め調べるし、 また、先程の「防衛特許」の場合も、特許書類を作る間に担当弁理士氏が先行調査して他社の特許を侵害していないかチェックするだろう。

個人的には建築に特許はなじまない気はする(プラニング、間取りの方法、構造計画など)。しかし法治国家である以上、 そのような事態、可能性がありえる、ということは知っておく必要がある。知らないことは高くつく。

特許侵害とならないためには、ひとつの考えとして、先に述べたように
「既知のものは特許にならない」
「特許権は最大20年である」  ことから、
20年前にこの世にあったものは既に特許権はないということだ。
だから、非常に簡単な例だが「切妻屋根」や「RCと木造の混構造」は特許侵害になりえない。(ただし〇〇を〇〇した切妻屋根、という細分化したものには特許が設定されている場合はある。)

冒頭の例で、そのディテールを住宅一軒で実現しただけなら、そのメーカーも実害はないから見て見ぬふりをするかもしれない。しかしもしそのディテール図を有料販売したり、商品化したりなどで利益を得るようなことを始めたら、そのメーカーも黙ってはいないだろう。


EPILOGUE / 副産物

結局、私はこのアイデアを捨ててしまった。

今、もし誰かが私のサイトを見てこのテーブルを売り出したとしても、 私には「法的」には一銭もお金は入らない。
審査請求をしなかったことで、もう著作権を放棄したことになるからである。

ただし逆に、誰かがこれと同じ案を全く独自に考案したとしても、 この技術はすでに「既知」なので特許を取ることは出来ない。

振り返ると結果的に特許は取れなかったが、非常に良い頭のトレーニングになった。

まずアイデアの元となった花の開くメカニズムには驚かされた。
自然界の完成、洗練された機構や淘汰システムには、人間のアイデアなんてちっぽけなものだと感じた。

また「折り畳み」というのは人類の重要な研究テーマのようで、それこそ無数のウェブページや特許があった。
「服の折り畳み」から「宇宙船のソーラーパネル」まで。。。エサの葉っぱを折りたたむハチもいた。その範囲は広大だ。

それから結構の数の構造家、建築家が特許を出しているようだ。
こういうのは「聞かれなければ話さない」たぐいのものだから、知らなければ絶対わからない。

そして改めて「インターネット」の強力さを実感した。
特許には全くの門外漢であったが、検索窓に文字を入力すれば、あらゆることが居ながらにして調べることができる。 1本の電話もせずに!
「検索窓」の奥深さに驚きながら、改めてその素晴らしさに感激した。

結果的に失敗に終わったが、経験は残った。
かかった費用は本代を除けば結局、特許事務所への30万円のみ。ただし投入エネルギーは莫大だった。
日ごろ建築構造のことばっか考えている私にとっては 異分野の出来事は非常に刺激的であった。

約1年間の「特許狂想曲」であった。